赤身肉の食べすぎはよくないのは本当か?トリエチルアミンと腸内細菌の関係
今回は、腸内細菌界隈で長らく「悪役(ヴィラン)」として扱われてきたある物質について、驚きのどんでん返しがあったので紹介したいと思います。
その名も「TMA(トリメチルアミン)」です。
トリエチルアミン:アンモニアのような、または腐った魚のような強い臭気を持つ無色透明の揮発性液体です。有機合成における塩基性触媒や酸中和剤として広く利用されます
これまで「赤身肉を食べると心臓に悪い」と言われる根拠の一つとされてきたこの物質ですが、実は「糖尿病や代謝の異常を改善するかもしれない」という衝撃の研究がNature姉妹誌から発表されました 。
「え、赤身肉は結局食べていいの?悪いの?」と混乱する方も多いと思います。今回は、最新の論文をもとに、この「TMAパラドックス」について解説していきたいと思います。
忙しい人に向けて、この記事の結論を先に書いておきます。
腸内細菌が作るガス(TMA)自体には、実は抗炎症作用という意外なメリットがあることが判明した。ただし、だからと言って赤身肉を爆食いして良いかはまだ別問題である。
そもそもTMA(トリメチルアミン)とは何か?
まず、今回の主役であるTMAについておさらいしましょう。
TMA(トリメチルアミン)は、主に腸内細菌が、食事に含まれるコリン(卵やレバーに多い)やカルニチン(赤身肉に多い)を代謝することで発生するガス状の物質です。
このTMA、実は独特の「腐った魚のような臭い」がする物質としても知られています。
なぜこれまで「悪者」扱いされていたのか?
ここ数年の健康常識では、「TMA(およびその変化形のTMAO)= 動脈硬化のリスク」という図式が定説でした。
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私たちが赤身肉や卵を食べる。
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腸内細菌がそれを材料に「TMA」を作る。
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TMAが肝臓に運ばれ、酵素(FMO3)によって酸化され「TMAO(トリメチルアミン-N-オキシド)」になる。
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このTMAOの血中濃度が高い人は、心筋梗塞や脳卒中のリスクが高い
これが、2010年代にクリーブランドクリニックの研究チームなどが提唱した「赤身肉が心臓に悪い理由」のメインシナリオでした。しかし、ここには以前から大きな謎(パラドックス)があり、研究者の間でも議論の的となっていました。それが「魚」の存在です。
本当に悪者?TMAOをめぐる「臨床試験のパラドックス」
TMAやTMAOが単純な悪者ではないことを理解するために、少し詳しく臨床研究のデータを整理してみましょう。実は食品によって、TMAOの影響は全く異なる顔を見せるのです。
1. 赤身肉の研究:「リスク上昇」のシナリオ
多くの観察研究や介入試験において、赤身肉の摂取は血中TMAO濃度を上昇させ、それが心血管疾患のリスクと相関することが示されてきました。
ある介入試験では、食事を赤身肉中心にするとTMAOが約3倍に上昇し、白身肉や野菜中心に戻すと下がるという可逆的な変化が確認されています。
Wang らのクロスオーバー試験
このデータだけを見れば、「やはり赤身肉(TMAO)は悪い」となりそうです。
2. 魚の研究:「パラドックス」の正体
一方で、ここに強烈な矛盾が存在します。実は、魚(特に深海魚)には、最初から大量のTMAOが含まれています。
赤身肉は腸内細菌が分解して初めてTMA/TMAOになりますが、魚は食べたそばからダイレクトにTMAOとして吸収されます。そのため、魚を食べた後の血中TMAO濃度は、赤身肉を食べた時よりもはるかに高く跳ね上がることがあります。
もし「TMAO濃度が高い=心臓に悪い」が絶対の真理なら、魚を食べる人は心臓病だらけになるはずです。しかし現実は逆で、多くの疫学研究において「魚を多く食べる人は心血管疾患のリスクが低い」という結果が出ています。
3. 科学的な解釈
この矛盾(魚パラドックス)から、現在では以下のように解釈が見直されつつあります。
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TMAOという物質そのものが血管を傷つけているわけではない可能性がある。
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赤身肉の場合、TMAOはあくまで「飽和脂肪酸」や「不健康な食事パターン」のマーカー(目印)として上がっているだけで、真犯人は他にいるかもしれない。
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魚の場合、TMAOが上がっても、それ以上にオメガ3脂肪酸などの有益な成分が心臓を守っている。
つまり、「TMAOが高いからダメ」と一概に言えるわけではなく、「何由来のTMAOか(魚か肉か)」という文脈が重要だということです。
Nature Metabolism誌が報じた「TMAの逆襲」
さて、TMAOへの疑いが少し晴れたところで、今回の本題です。この論文は、TMAOになる前の「TMA(トリメチルアミン)そのもの」に注目し、さらに驚きの発見をしました。
驚きのメカニズム:TMAが炎症のスイッチを切る?
研究チームが発見したのは、TMAが私たちの細胞の中にある「IRAK4」という酵素(キナーゼ)にくっつき、その働きを阻害するということです。
少し専門的な話になりますが、肥満や高脂肪食によって糖尿病(インスリン抵抗性)が悪化する原因の一つに、「慢性的な微弱炎症」があります。
通常、TLR4というセンサーが刺激を受け取ると、IRAK4などを介して細胞内に「炎症しろ!」という指令が伝わります。
ところが、腸内細菌が作ったTMAは、このIRAK4に強力に結合し、炎症の指令を遮断してしまうことが分かったのです。
マウス実験での結果
実際に、高脂肪食を食べているマウスにTMAを持続的に投与したところ、以下のような結果が出ました。
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体重は変わらないのに、血糖値やインスリンの効きが良くなった
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肝臓での炎症マーカーが改善した
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細菌毒素(LPS)によるショック死からも守られた
つまり、これまで「心血管リスクの元凶(TMAO)の材料」として嫌われていたTMAが、実は「過剰な栄養による炎症を抑え、糖尿病を防ぐ」というヒーロー的な側面を持っていた可能性があるのです。
じゃあ、赤身肉は食べていいの?
ここで気になるのが、「じゃあTMAを増やすためにステーキを食べまくればいいの?」という点です。
結論から言うと、そこまで単純ではありません。
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TMAとTMAOは別物今回の研究で良い働きをしたのは「TMA」です。しかし、体内に入ったTMAは肝臓ですぐに「TMAO」に変換されてしまいます。この変換速度には個人差(FMO3遺伝子の差)が大きく関わります。
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赤身肉の他の要素先ほどの「魚パラドックス」で見た通り、食品の影響は単一成分では決まりません。赤身肉にはTMA以外にも、飽和脂肪酸やヘム鉄といった要素が含まれています。これらが複合的に健康に影響を与えるため、「TMAが良いから肉OK」とはなりません。
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安全性の問題TMA自体は高濃度では毒性があり、何より臭いです。人での長期的な安全性データはまだほとんどありません。
まとめ:僕たちはどうすればいい?
今回の研究は、腸内細菌が作る物質が、従来の受容体だけでなくキナーゼ(酵素)という細胞の深い部分に直接作用していることを示した点で画期的です 。
【今回の記事のまとめ】
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TMAの新事実:かつて悪玉の前駆体と思われていたTMAは、実は宿主の炎症スイッチ(IRAK4)を切り、インスリン抵抗性を改善する可能性がある。
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白黒つけられない:TMAOが高いからといって必ずしも悪ではない。魚由来のTMAOは心血管リスクと関連しないというデータが強力な反証となっている。
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食事への応用:「赤身肉=悪」という単純な図式は崩れつつあるが、かといって「TMAを増やす食事」が正解かもまだ分からない。
現時点でのアンチエイジング的な最適解は、やはり「極端を避ける」ことでしょう。魚由来のTMAOは安全である可能性が高いことを踏まえると、赤身肉ばかりに偏らず、魚や植物性タンパク質をバランスよく摂り、腸内細菌の多様性を保つことが、結果としてTMA/TMAOのバランスを最適化する近道かもしれません。いかがでしたでしょうか。「腐った魚のガス」にも、意外な使い道があったというお話でした。科学は日々アップデートされていますね。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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